そして、いよいよ舞台は運命の地、岡山県へ。

 

 

元々、私は生まれも育ちも仕事もずうっと大阪でした。

全国有数の治療院激戦区である大阪では勝負できない。

だから、生まれ故郷である大阪から逃げ出した…

 

 

のではなく、ただ妻の実家のある岡山へ移住しただけです。

(ライバルが少ない方がいいとは思っていましたよ正直)

 

 

岡山の鍼灸の専門学校には入学が決まっていたのですが、

就職はまだ決まっていませんでした。

 

 

大阪の専門学校で岡山での就職を斡旋してもらうつもりでいたのですが、

国試が終わったあとで何とも相談したのが遅く、

何軒かの整骨院・接骨院に掛け合っていただいたのですが、

全て採用が決定しているとのことで断られました。

 

 

そりゃそうです。

 

 

まあ、岡山での就職ですから、

岡山の学校が一番就職先を握っているに違いないと

ものすごく楽観的に軽く考えていましたが、

そこでも、最初の1軒目から断られました。

 

 

そりゃそうです。もう4月ですもん。

 

 

流石にこりゃまずいと思いました。

夫婦2人無職では生活できませんもん。

 

 

困っていた私に就職課の先生が、ここはどう?

と提案してくださったところが、運命のところだったのです。

 

 

「ついてるケア」

 

 

グループ院が自宅近くにあり、そこが募集しているからどう?

ご紹介いただきました。

 

 

名前は

「ありがとう整骨院」

 

 

「ついてる」 ときて 「ありがとう」 ですから、

もしや斎藤一人さんのことが好きなのかなあ?とは思いました。

ご存知ですか?斎藤一人さん?

私もこの手の本は元々好きで結構読みました。

 

 

何か共感できるなあと思いつつ、

ご紹介してただき面接をする運びとなりました。

 

 

そして、今となっては運命の人ですね、

ついてるケア代表で治療家大学 理事長 目黒大輔に出会いました。

 

 

もちろん合格。

 

 

配属先は自宅近くの ありがとう整骨院。

そして、本格的に岡山での生活が始まったのです。

 

 

続く